残業代(割増賃金)は賃金の一種であり、賃金債権の時効は2年と定められています(労働基準法115条)。不法行為による損害賠償請求であれば、時効期間は3年(民法724条1号)ですから、もしも不法行為による損害賠償請求として残業代相当額を請求できるなら、時効にかかった1年分の残業代の請求が可能となります。
これを認めた裁判例もあり(杉本商事事件広島高判H19.9.4労判952号33頁)、インターネット上では1年分は請求可能という情報が一部で流布しているようです。
しかしながら、残業をすれば残業代の請求権は法律上、当然に発生します。残業を強いられた労働者は残業代請求権という財産を取得しますので、法律的見地からは、当然には損害を被ったということができません。残業代が時効消滅すると損害を被りますが、それは時効期間内に請求しなかったという労働者の行為(不作為)の結果であって、使用者が残業をさせたこと又は残業代を払わなかったことと相当因果関係があるということは困難です。現役の裁判官が執筆した論考でも同旨の指摘がなされています(山川隆一他編著『労働関係訴訟Ⅰ』422頁)。
したがって、使用者が積極的に残業代の請求を妨害し、時効完成に至らせたといえるような特別な事情がある場合であればともかく、そうでなければ、時効消滅した残業代について、1年分は不法行為による損害賠償として請求可能と考えるのは危険です。仮に請求するとしても、和解のための交渉材料であって、判決で認められることがあるとすればラッキーくらいに思っておくべきでしょう。