差額支払いは固定残業代の有効要件ですか?


テックジャパン事件最判H24.3.8(集民240号121頁)の櫻井龍子裁判官補足意見は、毎月の給与の中に残業手当を含むものとして支給されている場合、たとえばそれが10時間分とされているなら「10時間を超えて残業が行われた場合には当然その所定の支給日に別途上乗せして残業手当を支給する旨もあらかじめ明らかにされていなければならない」と述べ、当該事案においては「そのようなあらかじめの合意も支給実態も認められない」と指摘しています。櫻井補足意見は、差額支払いの合意や実態を固定残業代が有効と認められるための要件とするものと解されます。

 

このような見解に対しては、「合意された固定残業代の額を超えて時間外労働が行われた場合に、その超過分について割増賃金が別途支払われるべきことは、労基法上当然のことであり、『清算合意』ないし『清算の実態』を独立した要件と解する必要はない」とする現役の裁判官の批判があります(佐々木宗啓他編著『類型別・労働関係訴訟の実務』128頁佐々木宗啓執筆部分)。

 

これに対し、他の現役の裁判官から「このような考え方は、不当な残業代未払をなくし、適正な固定残業代制を根付かせていくために有用であるし、使用者は、労働契約の内容について労働者の理解を促進することを求められていること(労契法4条)の趣旨に照らしても傾聴すべき点を持つ」と評価し、「差額支払の合意や実態を固定残業代制の独立した要件と解さない場合も、これらが本来の要件である対価性要件や明確区分性の要件を判断するにあたって、重要な間接事実となる余地はある」との指摘もなされています(白石哲編著『労働関係訴訟の実務〔第2版〕』123頁白石哲執筆部分)。

 

したがって、固定残業代の有効性を争うにあたって、差額支払の合意や実態がない事実を指摘することは少なくとも無駄ではないと考えられます。